島民ボランティア 佐藤哲士さんに聴く
「手伝う」じゃなくて「一緒に創る」
佐藤哲士さんは、お父さんが粟島、お母さんが隣の志々島のご出身です。ただし、3歳の時に兵庫県へ引っ越し、以降はずっと関西に滞在。粟島に戻ってきたのは、10数年前のことです。
三豊市が2010年から実施してきたアーティスト・イン・レジデンス事業「粟島芸術家村」や、瀬戸内国際芸術祭におけるアート制作に関しては、「ときどき手伝う程度だった」という佐藤さん。
けれども、2018年に大小島真木さんとマユール・ワイェダさんが「粟島芸術家村」(※)で滞在するようになってから、状況は一変。「今は毎日のように振り回されている(笑)」ということです。
現在は、大小島さん・マユールさんの作品制作のボランティア「鯨部隊」の隊長を務める佐藤さんに、今年7月にお伺いしました。
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※「粟島芸術家村」では毎年8月に展示会を開いていますが、3年に1度の瀬戸内国際芸術祭の際は、作品を瀬戸芸の秋会期中に展示しています。
※以下のインタビューは2019年7月の内容です。
大小島さんから出された「宿題」
―「鯨部隊」を立ち上げられた経緯を教えてください。
佐藤:「粟島芸術家村」が始まった2010年から、作品制作の手伝いをすることはありました。もっとも、それは求められた時だけで、正直なところ、それほど熱心だったわけではない。
また、今まで来たアーティストが、必ずしも島民の手伝いを求めていたわけでもありませんでした。
ただ、(大小島)真木とマユールの場合、われわれが全面的に関わることを前提とした作品を作ろうとしてきた。
しかも真木は、2018年の制作が終わった後、「来年までにこの刺繍を作っておいて」とわれわれに宿題を出した(笑)。「これはやらないわけにはいかない」となって、ボランティアの組織化を進めた。それで作ったのが「鯨部隊」です。
今年も、(大小島さんの滞在が始まる直前の)5月頃、作品制作に必要な素材などを入れた大量の段ボールと、10個以上のスーツケースが届きました。その気合いの入り方に、腰を抜かしそうになった。
今は「とにかく完成させなきゃ」と毎日カツカツで働いてます。1つ作業が終わったら、また別の作業を真木が指示してくるから、「まだあるんか!」と思うよね(笑)。なんだかんだで、彼らの熱意に巻き込まれている感じです。
それぞれの知恵・経験を生かす
―制作ボランティアは、どのように関わっているのですか?また、そのやりがいは?
佐藤:島民ボランティアは定年退職している人が多いので、午前中に用事を済まして、昼から夕方まで制作ボランティアをやっていることが多いです。
楽しいのは、自分たちの創意工夫が生かせること。作品全体は、もちろん、アーティストの構想やポリシーにのっとって制作しているが、実作業に関する意見はこちらからかなり出しています。
佐藤:例えば、真木の作品「生命のスープ」で使う鯨の肋骨制作。はじめは曲げた鉄棒の周りにワタを付け、布で覆ってみました。でも、実際にやってみると、布をミシンで縫えないことが分かった。手縫いでやってみても、あまりに大変だった。
それで、皆でアイデアを出し合い、発泡スチロールのような素材を使うことに切り替えました。私も、もともと鉄鋼関係の仕事をしていたので、鉄棒を曲げるコツを教えてあげたりしました。
皆が知恵を出し合って、1つのものを創っていく。そういう意味では、「手伝う」というより「一緒に創る」と言う方が近いかもしれない。
実際、真木の作品がフランスで展示されていたりすると、「俺たちのあの作品が・・・」と思えて、やっぱり嬉しくなるよね(※)。
このほか、島民のツテを生かして、地元企業に原料を融通してもらったりもしています。今回の作品で使っている漆喰や木材は、実は三豊市内の業者からもらったものです。彼らにも感謝したいですね。
※2018年12月5–2019月1月20日にフランス・パリで開催された大小島さんの個展「鯨の目」。
―この事業の意義はなんだと思いますか?
佐藤:島民たちの生きがいになるという点。それから、島民間のコミュニケーション。「粟島芸術家村」のボランティア活動のおかげで、皆が集まっておしゃべりできるお茶飲み場が1つできたような感じです。
ボランティアには、絵を描いたり、刺繍をしたりする作業がある。参加者には、そういう作業が得意な人も、苦手な人もいる。
でも、せっかく来てくれた人が、「自分は苦手だから…」と気にしてほしくない。だから、ちょっとした工夫として、例えば刺繍の場合、つくったものは全て同じ箱に入れ、誰がつくったか分からないようにしている。
粟島のボランティアは、島民以外でも「海ほたる隊」を募集しているけど、ぜひ、気兼ねなく参加してほしいと思います。
会期後も作品を楽しめるように
―「粟島芸術家村」では以前、展示終了後は基本的に作品を解体していました。作品を維持管理するのは、地元にも大きな負担がかかるからです。でも、2018年からは、作品の一部を解体せずに残すようになりました。それはなぜでしょうか。
佐藤:せっかく作ったものを解体してしまっては、「観光資源」にならない、ということももちろんあります。実際、作品があるおかげで、メディアも取材に来てくれるので。
ただ、私自身の経験でいうと、観光客の反応が大きかったです。というのは、2018年にマユールがつくった作品と、真木の作品の写真を「粟島芸術家村」の展示終了後もしばらく見られるようにしたのですが、多くの観光客から「こんな素晴らしいものを壊すなんてもったいない」と言われました。
また、今年に入って、真木が下絵を書き出したころのことです。北九州から観光に来てくれた人がいるのですが、「この絵がすばらしくて・・・」と泣き出した人がいた。
作品には、人の心を動かす力がある。彼らの反応を見ていてそう実感し、残したいと思いました。
―本日はありがとうございました。
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通常、アート作品を鑑賞する時は、完成した状態だけを見ると思います。でも、瀬戸内国際芸術祭や「粟島芸術家村」の場合、制作過程や細部などに、ボランティアの力が多く生きています。
瀬戸内国際芸術祭の秋会期で粟島を訪れる際は、そんな点も想像しながら回ってみると、きっとアート鑑賞がより楽しくなりますよ!