瀬戸内国際芸術祭のアーティスト・大小島真木さんに聞く
粟島から地球のメッセージを届ける
「生きている」って、どういうことなんだろう。
仕事してお金を稼ぐこと。日々食べるご飯。そんなことが思い浮かぶかもしれません。
でも、より原初的なレベルで見ると、私たちは、食べ物や空気を通じて、より広い世界の命の循環につながっています。
香川県三豊市の粟島(あわしま)で、そうした命の根本を見つめるアートの制作に取り組んでいるのが、大小島真木(おおこじま・まき)さん。
大小島さんは、香川県三豊市が主催している「粟島芸術家村」と、共催している「瀬戸内国際芸術祭」のため、2018・2019年に粟島に滞在。作品制作に取り組んでいます。
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ウミホタルが見られる粟島とは?
粟島は、瀬戸内海の真ん中あたり、香川県西部の沖合に浮かぶ小さな島です。
日本で初めての海員養成学校が建てられた「船乗りの島」で、かつてはアジアや欧米、アフリカを駆け巡った海の男たちで賑わっていました。
現在は過疎化が進んでいますが、一方で、スナメリやウミホタルが見られるなど、豊かな自然が残っています。
ここで大小島さんが取り組んでいるのは、「生命のスープ」の制作。皮の端切れを繋ぎ合わして、全長7~15mの等身大の鯨を6頭つくり、その中に、人類史を思わせるような絵を描いています。
なぜ彼女は、このような作品をつくっているのか。粟島芸術家村(旧粟島中学校)に訪ねてみました。
※以下のインタビューは2019年6月の内容です。彼女の作品の最新状況については、Facebook「アート粟島」やこちらのページをご覧ください。
地球のメッセージを運ぶ鯨
―鯨の作品をつくろうと思ったきっかけを教えてください。
大小島:2002年、粟島の海岸に、ミンククジラの死骸が流れ着きました。
鯨は粟島で一度埋められた後、現在は骨が博物館に収められているのですが、この話を聞いた時、思い出したことがあったんです。
2017年、私はフランスの海洋調査船「タラ号」に2カ月半乗り、アート制作を行いました。そんなある日、船の近くに鯨の死骸が漂っていたのを目にしました。
腐り始めて、皮が溶けて白い脂肪がむき出しになった鯨の体にサメや鳥が寄ってきて、肉をついばんでいる。
私は以前から、生き物の食物連鎖に関心を持ってきたのですが、この壮絶な光景を目にした時、「海は、生命が溶け合う“スープ”のような場所ではないか」と感じました。
その後、同じタラ号に乗っていたアーティスト・日比野克彦さんにお声掛けいただき、翌2018年、粟島芸術家村に参加することになりました。
東京出身の私にとって、粟島での生活はとても新鮮でした。例えば、ある朝、家を出ようと思ったら、近所の方が釣ったクロダイを扉にかけていてくれたことがあり、びっくりしました。
そうした中、粟島に流れ着いた鯨の話を聞き、「地球のメッセージを語る鯨」のようなイメージが、私の中に生まれてきたんです。
粟島は「ザ・島」
―粟島を2018年に訪れた時、どんな印象を抱きましたか?
大小島:「ザ・島!」という感じがしました。世界地図で見ると、日本は島ですが、海と山に挟まれた粟島にいると、「島にいる」感覚がよりひしひしと感じられる。
粟島ではかつて、2000人以上の人が住み、多くの畑があったと聞いています。しかし、人口が200人程度となった今、多くの畑が森に戻っています。
こう言うと、農地が荒廃しているイメージを持つかもしれませんが、逆に見れば、こんなたくましい自然の再生力がある場所は、世界を見ても、どこにでもあるわけじゃない。たとえば、砂漠地帯では、木を一度切ってしまうと再び緑化するにとても時間がかかります。
また、日本の場合、自然災害も多い。だからこそ、米の1粒にも神様を見出すような、人類の原初的な感性が残っているように感じます。
粟島の人たちの個性と向き合うアート
―粟島で制作活動をしていて、どう感じますか?
大小島:まず、東京ではこれほど大きなスタジオを使うことができません。今回のような大きな作品が作れるのは、粟島ならではの良さですね。
―粟島での作品は、島民の方々と一緒に制作されています。
大小島:島の皆は本当に協力的で、心から感謝しています。
島の皆と親しくなると、だんだん、彼・彼女たちの個性が見えてきます。「もっと皆の個性を反映したアートにできないか」と思った時に、刺繍をつくってもらうことにしました。私はあまり器用ではないんですが、島の女性には、手先が器用な人が沢山いたからです。
最初に提案した時、みんな「きれいな刺繍なんて、無理やわ~」と苦笑しつつ、実際にやってもらうと、すごいうまかった(笑)。
アートは、一緒にいる人や、周りの環境との相互コミュニケーションの中で生まれる、生き物みたいなものです。今回の作品は、粟島でなければ生まれませんでした。
―工場で使われなくなった皮の端切れや、プラスチックゴミなどを作品に使っていますね。
大小島:粟島に流れ着いたプラスチックゴミも、鯨に取り付けました。
海のゴミは「世界ゴミ」と言われることがありますが、粟島のゴミも、世界各地で捨てられたものが、海を超えて流れ着いたものです。
バクテリアなどで分解されるようなオーガニックなものなら、本来、ここまで来ることがない。でも、人工物はなかなか分解されない。
美しい海を守るため、粟島の人たちは、毎年、海岸の清掃活動に取り組んでいます。それは、けっして楽なことではありません。
今回の作品では、鯨の中に、人類の進化史を描いています。自然の中から生まれた人間たちが、これまでどんな歴史を経験し、これからどこへ進んでいくのか。
作品を見た人に、そうしたことを考えるきっかけとなれば、と思っています。
社会におけるアートの役割:町づくりの想像力にも
―三豊市では、瀬戸内国際芸術祭や粟島芸術家村を通じて、積極的にアーティストを支援しています。社会におけるアートの役割を教えてください。
大小島:アートと向き合うことで培われる想像力が、既存の社会通念に小さな穴を開けたり、人々の視野を少し広げたり、話し合いの場をつくることにつながったり。
それが、これからの世界にとって、必要なことの1つなんじゃないかと思います。
資本主義とは、多くの人が「いいね」というものが多く売れていく社会です。でも、そうした社会のあり方が、少子化や地方の衰退、環境問題をはじめとする今の問題を生み出している。
その一方で、アートは、「人と違う」ことを尊びます。それは、資本主義での「順位付け」とは真逆のものです。
だから、アート的な想像力を生かして、町づくりを進めたり、企業がイノベーションに取り組んだりすることが、今の社会に求められているのではないかと思います。
三豊市と粟島の人たちが、こうした場を設けてくれていることに改めて感謝します。
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アートを通して、命の根本を見つめ、現代社会のあり方について深く思考する大小島さん。秋会期に粟島を訪れた際は、ぜひその世界観を堪能してくださいね!
大小島さんの活動については、ホームページでも紹介されています。